ぼくは君の奴隷じゃない
記憶にある一番古いエピソードは、あれは幼稚園の年長さんのころだったかな。あのころから、どうしても抑えられない衝動がときどきあったんだ。ワガママで乱暴者。たぶん周囲からはそう思われてたんじゃないかな。それでもアキヒロはおれの友だちでいてくれた。アキヒロとはビートルズが好きっていう共通点で繋がっていて、よくジャングルジムの上で「おぶらでぃ〜おぶらだ〜☆△□@#◯♪」なんて、耳に入った適当なカタカナで歌ってた。80年代の片田舎の幼稚園児だからもちろん英語なんて分かるはずもないんだけど、いわゆる「赤盤」「青盤」のレコードをそれこそ擦り切れるほど聴いてた。将来はミュージシャンになる、って心に誓ったのもこの頃だ。アキヒロとは中3の文化祭で一緒にバンドを結成して、高校3年間を経て、大学2年の冬、ハタチのときにアキヒロから愛想つかされるまで一緒だったんだけどそれはまた別のお話。
それで、幼稚園の年長さんだったときのある日、アキヒロとケンカになったんだ。何でケンカになったのかは覚えてない。たぶん些細なことなんだろう。ケンカ自体はおれとアキヒロの間ではよくあることだったんだ。でも、そのときアキヒロに「ぼくは君の奴隷じゃない」って言われたことだけははっきりとよく覚えてる。
―ボクハキミノドレイジャナイ
そう言われて、おれの中でなにかがはじけちゃったんだ。そこからおれは大暴れ。幼稚園の教室にあるものを手当たり次第にぶん投げる。ほかの園児たちも大パニック。先生が慌てて飛んできて止めに入る。はっきりとは覚えてないんだけど、それはそれは怒られたろうね。なにしろ、ハサミとか椅子とかまで投げてたわけだから。
それでたぶん「もう出て行きなさい」的なことを言われたんだと思う。アキヒロとふたりで「アキヒロくん、ごめんね」「うん」「これからどうしようか」「うん」「どっか行っちゃおうか」「うん」みたいなやりとりをしながら気付いたら幼稚園の外をふたりで歩いていた。そこからどうやって園に戻ったのかは記憶にない。
なんでキレたのかは自分でも分からない。そのときにも分からなかったのか、オトナになったいま覚えてないだけなのかも分からない。もしかすると子分の分際で、みたいな感情だったのかもしれないし、自分でも気づかないうちに奴隷扱いしてしまった自分にショックを受けたのかもしれない。
もう30年も前の話。
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